エルメスの本です。
と言っても、ファンション関係の本ではないのです。もともと職人工房に由来し創立されたファンションブランドであるエルメスは、芸術や環境問題などに関わるさまざまな文化プロジェクトを支援するエルメス財団を運営しています。その活動の中で、さまざまな素材をめぐる革新の方途を探るスキル・アカデミーというプログラムを2014年から始めていて、そのプログラムの日本での展開の一つとして出版されたのがこの本。『土』という素材をめぐる多彩な分野からの考察を編集したもので、哲学、歴史学、社会学、民俗学、生物学、工学などから、さらには、写真家や左官、陶芸家からの実作も含む論考、また陶磁器製造者への聞き取りなどもある。
なんで「土」なのか。土とアートの関係を論じたバート・ウィンザー=タマキ(アート・視覚文化研究者)の論考では、その作品群について、(一)土を素材とする技術、(二)肥沃な土に触れる欲望、(三)多様な土の分類、(四)土が突きつける生命への恐怖、に分類していて、確かにこの分類には、われわれ歴史の研究者が「土」をどのように認識するべきかの発想に通じるものが示されていると思います。「技術」や「分類」はもちろだけど、肥沃な土に触れる「欲望」というのも確かにありますよね。それは、都市化や工業化によって日常生活から切り離されてしまった本来は豊かであった「土」に触れたいという欲望であり、このブログでも紹介してきた『テロワール』は、そうした「欲望」に根ざした研究であったとも言えるのでしょう。
人新世のような認識とともに、人間をとりまく環境に対する持続可能性が問われるようになると、そのモノや環境を改めて捉え直すために、その素材に着目が集まるようになったわけですが、とりわけ技術、表現、場所、流通などが相互に関連しながら人間の暮らしや活動に深く関わる「土」には、さまざまな研究の着想が隠れているように思うわけです。まとまった議論を示してくれている本ではないし、収められた話はバラバラな感じです。でも、そこに描かれた考察・描写は、確実にわれわれの構想力を何らかの形で刺激するものになっていると思います。こうしたものを出版という形で出せるのは、エルメスだからなのかなとも思うし、それが岩波書店から出てくるというのも、なんだかワクワクします。
この本のもう少し詳しい紹介を、都市史学会の『都市史研究』の次号(10号)に掲載します。